想いを伝えた後は、天に委ねる

沖縄で祈りが通る、通らないという話をよく耳にします。

個人での祈願は通らないから、祈りのプロにお願いしたほうが良い。

祈りのプロの祈願の方が、天は受け取ってくれる。

祈りに通る、通らないがあるのは、そういうことを言っているのだと思います。

 

 

 

 

祈りのプロとは神職さんやお坊さん、神父さん。沖縄でいえばノロさんを指しているのでしょうか。

ノロでいえばお役目として年間祭祀を務めていますが、祈りのプロだと思ったことはありません。

与えられたお役目を果たしているだけです。

 

 

 

 

祈りとは感謝を伝えるものであり、望みを願うもの。

「ありがとう」の感謝も「お願いします」の祈願も、その人の想いです。

個人の想いは個人で伝えるべきで、誰かが代わりに想いを伝えるというのは祈りだけでなく、全てにおいて違うのではと思います。

 

 

 

 

祈りが通らないと言われ不安になるのは、願いが聞き届けられないと思っているからだと思いますが。

「祈りが通る、通らない」が「願いが叶う、叶わない」事を言っているのなら、それは違います。

 

 

 

私たちが出来ることは、純粋な想いを伝えることだけ。

願いが叶う、叶わないは天の領域です。

 

 

 

「ありがとう」の感謝の祈りも。

「お願いします」の祈願も、全ての想いは天に届きます。

想いを伝えたあとは、天に委ねる。

それが祈りだと思います。