旧盆を終えて

お盆前に街頭インタビューに答えている人の多くが「今年の旧盆は同居の家族だけで行います。」と話していました。

リモート参加の家族も多く、お仏壇の前にモニターを設置し画面越しにウートートーしている様子がニュースから流れていました。

今年も例年とは違った、寂しい旧盆でした。

 

 

 

お盆を終えた後、いろんな意見を目にしました。

「お盆には必ず顔を出すように言われたが、行くのを悩んだ」という意見が多くありました。

親族揃ってご先祖様を迎えたいと望む家族から、参加して欲しいとの願いだった様です。

 

 

親族揃ってご先祖様をお迎えし、子孫の元気な姿を見てもらうのが本来の形。

当たり前の事が当たり前に行えないこのご時世の中。人それぞれ思いや意見が違う中で悩んだ人も多かったと思います。

 

 

どの様な決断をしたとしても責任を持って決めた事だと思うので、その決断に良いも悪いもありません

 

 

ただ、今回お盆への参加を見送った事で。

「お仏壇に手を合わせられず、ご先祖様に申し訳ない」

「ご先祖様を大事にしていない様で不安」など。

お盆だけに限らず拝み行事に参加しない事を悪いと思い込み、不安になるのは違います。

 

 

 

不安に思うのはご先祖様や神仏様を誤解し、祈りの意味を間違って捉えているからだと思います。

ご先祖様や神仏様は拝み行事に参加しなかったからと、怒ったりバチを与えたりすることはありません。

拝みに限らずどんな事でも、神仏様ご先祖様がバチを与える事はありません。

 

 

祈りとは神仏様やご先祖様を思う気持ちの表れ。

真心を持って神仏様、ご先祖様に向き合うことが祈りです。

お墓やお仏壇、御嶽や拝所でなくても祈りは届きます。

 

 

 

今回、リモートでウートートーしている姿を見て、ご先祖様の喜ぶ顔が浮かんできました。

今の時代に合ったとても素敵な祈りだと感じました。

 

 

今いる場所から想いを馳せ、真心で手を合わせる。

それが祈りです。