正解とは

龍眼の木の根っこに黒い何かが落ちているのに気づき確認すると、ウチカビを燃やした後の燃えカスでした。

 

ウチカビとはご先祖様があの世で使うお金のこと。

お盆などの先祖行事にウチカビを燃やし、あの世のご先祖様にお金を届けます。

あの世でご先祖様がお金に困らない様にとの願いが込められた、ご先祖様を思うとても良い風習です。

 

 

 

いつ、誰が燃やしたのか。

なんの意味があり龍眼の木でウチカビを燃やしたのか知る由もなく、ただただ悲しい思いをしています。

燃えカスはそのまま放置され、燃えカスを退けると木の根っこが燃えていました。

 

 

人が立ち入らない様にと龍眼の木の周りをロープで囲んでいます。

普通なら立ち入り禁止だと分かるはず。

分かった上でロープを乗り越えウチカビを燃やしたのでしょう。

 

 

 

悪気はなく思いがあっての事だと理解しています。

それでも少し想像を働かせて欲しかった。

もし、乾燥している時期ならウチカビはあっという間に燃えます。枯れ葉に火が燃え移ったら龍眼の木も燃えてしまいます。

 

 

 

家族の誰も燃やしている現場を見ていないので、庭で火が扱われた事を知りません。

もし、火のあと始末をせず帰っていたらどうなった事か。

想像するだけで怖くなってしまいました。

 

 

 

龍眼の木だけではありません。

拝所も自由に参拝できるよう開放しているので、参拝している人がいても気づきません

お線香が消えないまま帰ってしまったらどうしようと毎回気になります。

 

 

 

お線香の数を15本でお願いしても、お線香を沢山燃やす人はいます。

これまでに何度となくお仏壇や床をお線香で燃やされています。

一部の人にとっては個人が住んでいる家ではなく、拝所でしかないのでしょう。

拝所はみんなの物だと思っているのですね。

 

 

 

 

ブログを読んでいる方々には関係のないお話で申し訳なく思います。

本当に伝わって欲しい人はこのブログを読んでいないでしょう。

個人で守り抜く難しさを感じています。

 

 

 

 

ウチカビや大量のお線香を使用する人は拝みをしている人だと思います。

拝みには教えがあり教えに従っているだけで、悪気がないことは知っています。

 

拝みの教えとこの世の教えとどちらが大切なのかを考えてしまいます。

 

 

 

沖縄の御嶽や拝所の多くは自然の中にあります。

拝みのしきたりでは途中でお線香を消すなんてあり得ない事かもしれませんが。

御嶽は本来火を扱ってはいけない場所なので、祭祀の際でもお線香が半分くらい燃えるとお酒をかけて火を消しお線香は持ち帰っています。

 

 

 

 

 

どちらが正しいとかではなく、何が大切かだと思います。

自然にとって何が大切かです。

拝みのしきたり通りでなくても神仏様は分かってくれます。

 

 

 

大切なのは気持ちであり心の在り方です。