祈りは続く

琉球で神女組織が確立したのは第二尚氏王統の尚真王の時代です。

 

尚真王は中央政権制を確立するために全按司を首里に居住させ、按司たちの守護神であったノロを中央の統制下に組み入れ祭政一致の体制を確立しました。

 

神女組織が確立されると、祝女(ノロ)が神職の正式名称となりました。

琉球國での正式な祝女の誕生です。

 

 

 

 

ノロが誕生する以前から琉球には祈り人が存在していました。

 

古琉球時代と言われる1300年頃、集落が誕生しました。

土地を切り開き集落を興した指導者の家を「根所(ニードゥクル)」「根屋(ニーヤ)」と呼び、

根所の当主を「根人(ニーチュ)」と呼びました。

 

根人は家長達をまとめて開墾、収穫物の管理、農耕神の祭りを行いました。

集落を興した代表の家が集落の祭祀を執り行いました。

農耕祭の祭祀を司っていたのが根人の姉妹。

姉妹を根神(ニーガン)と呼びました。

 

 

根神はノロより古い祈り人です。

集落が出来ると同時に祈り人も誕生していたという事は、人々の生活に祈りは欠かせないものであったということが分かります。

神女組織が確立するずっと前より集落では祭祀が執り行われ、祭祀を司る祈り人がいたのですね。

 

のちに根神がノロとなり琉球國時代の祭祀を執り行いました。

 

 

 

琉球から沖縄に変わっても祈りは続きます。

時代が変わっても祈りがなくならないのは、祈りに救われてきたからでしょう。

祈りの力を信じていたから祈りに救われたのです。

先人たちは真の祈りの力を知っていたのだと思います。

 

 

 

 

必要なものはこの世から無くなる事はありません。