それぞれの領域

「テレビで行方不明になっている子を探して欲しい」

旦那さんが職場の人からお願いされたと聞き「まさか、母親に願いしているの?」と驚きました。

「母親はユタじゃなくてノロだよ」と伝えると「ノロって何?」と。

拝みをしている人と聞いたので、神様に話を聞くことが出来るなら助けて欲しいと思ったそうです。

 

 

 

職場の方は県外出身で拝みをしている人はみんなユタだと思っていたそうで、ノロの存在自体知らなかったようです。

ノロとはまだまだ歴史の中の人物なのですね。

時と共に忘れ去られていく。

ノロが途絶えてしまい現在祭祀を務めているノロは数少ないので、仕方のない事かもしれません。

 

 

 

神様と話せるなら助けて欲しい。

皆さんそう思うようです。

 

 

 

私は神仏様と話す事が出来ないので答えは分かりませんが

神仏様の世界と人間の世界には領域があって、神仏様でも人間の世界には踏み込めないのではと思っています。

そうでなければ何故、助ける事が出来ないのか疑問だからです。

 

 

 

神仏様を含め大いなる存在は確かに存在しています。

守護して下さっているのを肌で感じています。

それでも人生には様々な出来事が次々と起こります。

それを乗り越えて生きていくのが人生だからです。

 

 

 

大いなる存在は人々を静観し見守っている。

その表現が合っている気がします。

 

 

親は我が子に無償の愛を注ぎ、側に寄り添い成長を見守っています。

大いなる存在も我が子を思う親と同じです。